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「新しい歴史教科書」と「ポストモダン」世代
−『新しい歴史教科書』(扶桑社刊)の「序章 歴史への招待」を読む−
姉川雄大
『新しい歴史教科書』をめぐっては、文学部内でも様々な議論がなされている。もちろん、その記述のあきらかな嘘、矛盾、ひとりよがりの政治的主張の指摘は重要だが、少なくとも歴史学関係の教官と学生の間では、そこにとどまらない検討の必要性が、認識されてきている(はずである)。ここでそのすべてを議論することは不可能であるが、この教科書の「序章」をいかに読むか、という作業を通して、この教科書(とその基となる政治的運動)の拡がりについて考える一助としたい。
様々な批判の仕方があるなかで、文学部の有志で、まずこの教科書のテキストを丹念に読んでいこう、という研究会=「新しい歴史教科書を読む会」がある。本稿は、このなかで私が担当した「序章 歴史への招待を読む」報告をもとにしているため、この序章をいかに読むことができるか、という立場に限定して論ずることにする。
序章は、以下のような構成をとっている。
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この序章、特に−歴史を学ぶとは−には、この教科書の内容と立場とを正当化する(一方で他の教科書を攻撃する)論理が表れており、まさにその論理が、この教科書(を正当化する運動)が若い世代の人口に膾炙するひとつの要因になっている、と考える。そこでまず序章のはじめに書かれている「−歴史を学ぶとは−」を読んでみよう。
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